
1フレーム地方切手展用作品完成。競争展では禁止されている大きなテーマを分離展示、も自分の作品まとめのため、手軽にできる等の理由でサーと作成した。
トップリーフ地図の作成あれこれ苦労したが、ラスト地図の写真張り付けて完成。
最初のページ

中国の港、北から南に展示かとも思ったが、上海港の手持ちが多いので上海から開始。初期の枠付き船上交函件SAHIP LETTERS 2段表示。なかなか良いPaqiuebot印だ。1977年文革末期でまだ寄港船は少なく、米国収集家Longseth先生が郵便依頼して作成した作品。デンマーク船は寄港可能なのだと、気が付きました。
米国Paquebot収集家Lund氏の手紙

この手紙を見つけてこの作品を作成しようと、動機ずけとなった。Lund氏は100歳まで生きて多量のPaquebotカバー郵便依頼で作成した米国のコレクター。オークションでアルバム入手、その最後の部分に張り付けられていた手紙。歴史的には、中国は1972年3月1日UPUに加盟。しかしこの上海郵政当局からの手紙1973年8月ではまだPaquebot扱いしていない。封筒はその後Lund氏が作成した1979年のカバー。これも北欧スウェーデン船から投函。郵便史的には貴重な手紙である。
封筒と手紙ともに展示、郵便史のアクセサリーです。
自作カバー、練習船投函 Sun Flower 7

1981年まだ中国は寄港する外国航路の船は少なく、郵便依頼のルートもなかなか見つからなかった。昔のJPS船切手部会の中島航海科実習生作成のカバー、ななかなか良い。
下はこれを見て自作。国内フェリーの大型クルーズフェリーSun Flower 7 関西汽船運航。詳細は忘れたが東南アジアを関西汽船の代理店網を使用したクルーズ船に依頼して作成した。乗船記念印が迫力あり、上海のPaquebot印も良い。印刷ラベル使用したのが失敗。米国経由で住所ラベル入手貼り付けだが、今見ると大量作成の様に見える。宛先はやはり手書きがベスト。しかしこのカバーは4通のみ作成。
ドイツ客船Europa

Paquebot印は外国郵便取り扱い局のみで使用。この消印は国際表示、まさに外国郵便取り扱い局で正規ルートインして宛先国に送付された。1989年やっと中国にも外国船入港開始。英国船。ドイツ客船。
ドイツ客船Europa船内印とPaquebot印なかなか良い。
大連

大連港。1980年代前半はまだ限られた国、限られた港のみ解放された。ソ連、北欧、リベリア船。
上はカリブ海オランダ領アンティル、国籍が珍しい。北欧の国の船名か? Stellaprima
下はリベリア船籍から投函、切手無効。赤い別納印あり、中国代理店人が別納で中国料金支払った様だ。
泰皇島

1983年初期の印。NAVIRE 船 船上交奇函件 SHIP LETTERS珍しい。下は三光汽船機関長作成。バラ積み船から投函と思える。国籍はリベリア籍? 乗組員が全員韓国人なので韓国切手使用。UPUルールでも認められている方法である。
天津

1983年初期の印。バハマ国籍だか北欧関係船。宛先もスウェーデン。これもスウェーデンの船コレクター作成のカバー。下はやはり切手無効、別納支払い。
煙台、威海 稲谷カバー

上は1988年煙台カバー少ない港。
2000年威海稲谷氏作成カバー。冷凍魚運搬船からの航空便。元太平洋海運通信長。2000年通信士廃止から、事務員として四国の漁船に乗船。複雑な中国出入港手続きのため事務員職。その後代理店員と交渉、中国各港で貴重なPaquebotカバー多数作成、ありがとうございます。
青島港

上は運輸省航海訓練所所属、練習船青雲丸投函。1981年まだ印がないのでタイプ打ちShip Letters。目立たないが地味なカバーだが、タイプ打ちは珍しい。下は稲谷氏のカバー外国便交換局印付き、どんなルート使用か外国郵便交換局無事到着消印自宅に無事届く。
山東青島

パナマ籍船、三光汽船のタンカーからは珍しい。下は友好国チェコ国籍船から投函。
達云港 宇波

連雲港と宇波どこにあるのか、地図を見ないと不明。小型港もカバー作成で今となれば貴重品。
南通市 南京

1985年1988年だんだんと小型港にも外国船が入港。広い中国、こんな港にもに入港である。
廈門 汕頭

AMOY SWATOW英文なじみのある港だが、入札等で集中して集めないと戦後のPaquebot印はなかなか集まらない。台湾との窓口港もう少し多数のカバー手持ちあるかと探すが見つからず。
廣東広州 廣東湛江

廣東広州。昔、廣東ワンポア港訪れたことがある。香港との接続港。外国便は黄埔外国便交換局で処理。
下は旧軍港。地方貨物港、外航船は少ない。
海南島 海口 三並

海南島、外航船は少ない。稲谷氏の努力で入手。宇和島系、冷凍船から投函。素晴らしいカバー。

