
Cancellations on 1880 & 1882 Issues of Hong Kong Queen Victoria 2 Cents
出展者:Wong(Hong Kong) / Exhibit No. 03206 / Class 3B Traditional Philately
- 1. INTRODUCTION
- 2. HONG KONG POST OFFICES — Type D
- 3. THE 62B OBLITERATOR
- 4. LAYOUT SUMMARY
- 5. 郵便史的解説
- 1. 香港消印 Type D
- 2. B62 抹消印(Type C・D 各型)
- 3. 郵便史的背景と意義
- 1. 1891年(香港→ドイツ/イギリス宛)
- 2. 1894年(香港→イギリス宛)
- 3. 郵便史的背景と意義
- 1. 上海 (Shanghai)
- 2. アモイ (Amoy)
- 3. 抹消印(Obliterators)の比較
- 4. 郵便史的背景と意義
- 5. 展示対象の主要条約港
- 6. 出典
- 1. 横浜 “Y1” 抹消印(Yokohama “Y1” Obliteration)
- 2. 汕頭(Swatow)楕円日付印
- 3. 郵便史的意義
- 1. 序章:香港G.P.O.と条約港制度の形成
- 2. B62消印の歴史と特徴
- 3. Y1抹消印(横浜英国局)の成立と特徴
- 4. 日本を中心とした郵便輸送ルート
- 5. 郵便料金体系(1870年前後)
- 6. 主な実逓例(1864–1894)
- 7. Swatow楕円日付印とB62貸与事例
- 8. 年表(1860–1894)
- 9. 郵便史的意義
- 注記
1. INTRODUCTION
本展示は、香港クイーン・ヴィクトリア2セント切手(1880年および1882年発行)における各種抹消印と郵便標識を研究対象としたものである。この2セント切手は、地元郵便、印刷物、兵士・水夫向けの割引料金(1ペニー=2セント相当)、および補助貼用として多目的に使用された。
研究の主眼は、切手のデザインや製造ではなく、香港および清国・日本の条約港における消印の多様性にある。特に、B62抹消印、Type D消印、62B抹消印など、香港郵便史における重要印影を網羅的に紹介している。
2. HONG KONG POST OFFICES — Type D
Type D:直径20.5mmの丸型日付印(c.d.s.)で、「HONG-KONG」の文字と日付、インデックスA〜Fを3mm書体で刻印。
– Index A–C:最早使用(ERD)1893年7月12日、最晩使用(LRD)1903年1月2日
– Index D–F:ERD 1893年7月19日、LRD 1898年7月7日
このType D印は、香港G.P.O.の定常消印として、2セント切手の単貼・複数貼・書状・郵便はがきなど多様な形態で確認される。中には年月逆転(Inverted Year / Month)や数字反転などのバリエーションも存在し、収集上の興味を引く。
3. THE 62B OBLITERATOR
62B抹消印は、1865年1月24日にロンドンで6個が製作され香港に送付された。実際に使用されたのはそのうち3個のみと推定され、現存例は極めて稀少である(Extremely uncommon on cover)。
主な例:
– Type BおよびType E:いずれも香港2セント切手に使用。
– Type B(三連貼ストリップ)、Type B+Perfin Type 33(Hong Kong & Shanghai Banking Co.)の組み合わせも確認。
代表カバー(1892年9月15日):
香港発→P&O Cathay→Colombo→P&O Ballaarat→Brindisi経由→Colchester(英国)宛。
2¢+5¢貼、7¢外国書状料金。B62 Type D2抹消印で処理され、Colchester到着印(1892年10月18日)を裏面に有す。
4. LAYOUT SUMMARY
展示構成(Frame 03206):
1段目:タイトルページおよびイントロダクション
2段目:Type Dおよび62B抹消印(単貼・葉書例)
3〜5段目:Type D印付き外国宛カバー(Marseille, Kiel, Colchester)
6〜8段目:ブロック貼、ストリップ貼、1897〜1903年期の後期使用例
5. 郵便史的解説
この展示は、香港2セント切手を通じて、英国香港郵便の地元通信・国際郵便・銀行通信を横断的に分析した体系的研究である。特にB62・Type D・62Bといった抹消印の形態差と時代変遷を通じ、香港が極東郵便網の中心として機能していたことを実証している。
また、展示の一部には日本宛・横浜経由便の関連カバーも含まれ、日英郵便交流史の初期段階を補完する資料価値を有する。
出典:展示会 PHILAKOREA / Class 3B Frame 03205–03206 収録写真より再構成(ChatGPT活字化版)


香港クイーン・ヴィクトリア2セント切手にみる消印研究(Type DおよびB62各型)
1. 香港消印 Type D
Type Dは直径20.5mmの丸型日付印(c.d.s.)で、「HONG-KONG」の文字と日付、インデックスA〜Fを3mm書体で刻印したものである。主として香港総郵便局(G.P.O.)で1893〜1903年に使用され、地元便・印刷物・外国宛葉書など低額料金郵便に広く使用された。
使用期間:
– Index A〜C:最早使用(ERD)1893年7月12日、最晩使用(LRD)1903年1月2日
– Index D〜F:ERD 1893年7月19日、LRD 1898年7月7日
また、年号・月・日付の上下逆転(Inverted Year/Month/Date)や、Index文字の反転(Inverted B, C)など多彩な変種が存在する。
1897年1月2日付、香港1セント葉書に2セント切手2枚を加貼した実逓例が知られる。仏国郵船MM Yarra #1便でマルセイユ経由、陸路キール(ドイツ)宛。Type D(Index A)で消印、5セント貼は4セント葉書料金+加算分として使用。裏面には1897年2月3日キール到着印を有する。
2. B62 抹消印(Type C・D 各型)
B62抹消印は香港に最初に割り当てられたバー入り楕円消印で、1860年代から1890年代にかけて使用された。本展示ではType CおよびD系列のブロック貼やストリップ貼、さらに葉書実逓例が示されている。
Type別構成:
– Type C2(8枚ブロック)
– Type D1(4枚ブロック)
– Type C10(3枚ストリップ)
– Type D3(4枚ブロック)
1891年9月26日、香港1セント葉書をスイス宛に差出。独船Darmstadt便でBrindisi経由、陸路Affolternへ送達。2セント切手を加貼し、B62 Type C10および香港Type D日付印で消印。合計3セント葉書料金を満たしている。
3. 郵便史的背景と意義
Type DおよびB62各型は、香港が極東郵便網の中心拠点として確立していく過程を物語る重要な資料である。1890年代は、香港G.P.O.が国際郵便中継地として確固たる地位を築いた時期であり、低額切手による葉書・印刷物通信が東アジアから欧州まで定常的に行われていた。
特にB62抹消印は、もともと1860年代にロンドンで製造された6個のうち、実際に使用された3個しか確認されておらず、その後もType差異によって運用局・期間が異なることから、香港郵便史上極めて重要な存在とされる。
また、同時期の香港–日本間郵便でも、横浜経由の往来便にB62印影を持つ例が知られ、これらは東アジア郵便交流の黎明期を示す貴重な史料群である。
出典:展示会『Cancellations on 1880 & 1882 Issues of Hong Kong Queen Victoria 2 Cents』写真資料(Frame 03206)より再構成。


香港 Type D 消印・B62 D系列 欧州宛郵便(1891–1894)
本資料は、1891年から1894年にかけて香港総郵便局(G.P.O.)からヨーロッパ各地へ差し出された郵便物のうち、Type D日付印およびB62 D系列抹消印が使用された実逓例を示すものである。使用例は、英国郵船会社P&O(Peninsular & Oriental Steam Navigation Co.)および仏郵船Messageries Maritimesの便により、香港からコロンボ・ブリンディジ経由で英独各地に送られた。
1. 1891年(香港→ドイツ/イギリス宛)
① 1891年2月19日 香港1セント葉書
・航路:P&O汽船 Peshawur 便でコロンボへ、Victoria 便でブリンディジ経由ドイツ Offenbach 着。
・貼付:2セント加貼により3セント葉書料金を満額。
・消印:B62 Obliterator Type D6、および香港 Type D 日付印。
・到着印:Offenbach c.d.s. 確認。
② 1891年3月10日 封書(Harry Wicking差出)
・航路:仏郵船 Caledonien #1 便でマルセイユへ、陸路および海峡渡航でロンドン到着。
・貼付:2¢+5¢計7¢、英本国宛定型料金。
・消印:B62 Type D1 抹消印、香港 Type D c.d.s.。
・到着印:London W.C. 1891年4月11日到着印。
2. 1894年(香港→イギリス宛)
③ 1894年8月16日 香港1セント葉書
・航路:P&O Rosetta 便でコロンボ、P&O Australia 便でブリンディジ経由。
・宛先:Bury St. Edmunds(英国東部)。
・貼付:2¢加貼により3¢葉書料金。
・消印:Type D(Index B)日付印。
・到着印:Bury-St. Edmunds c.d.s.(1894年9月15日)。
④ 1894年3月15日 封書(香港→Chelmsford宛)
・航路:P&O Ravenna 便でコロンボ、P&O Britannia 便でブリンディジ経由。その後、海峡横断フェリーによりイングランド本土へ。
・貼付:2¢+5¢計7¢、英本国宛標準便。
・消印:香港 Type D(Index C)日付印。
・到着印:Chelmsford c.d.s.(1894年4月16日)。
3. 郵便史的背景と意義
1890年代初頭の香港は、極東における国際郵便の主要中継地として機能していた。本時期の郵便は、P&O汽船の地中海ルートを経て欧州へ直行する経路が確立され、特に香港からブリンディジ(イタリア)経由のルートが主流となっていた。
B62抹消印は、香港に最初に割り当てられたバー入り楕円消印で、その後Type D系列(D1〜D6)は香港総郵便局内の異なる窓口または作業担当者により運用されたと考えられる。これらの封書および葉書は、低額面値切手の国際便使用例として、同時代の郵便料金体系および航路運用を具体的に示す貴重な史料である。
出典:展示会『Cancellations on 1880 & 1882 Issues of Hong Kong Queen Victoria 2 Cents』写真資料(Frame 03206, Section 2)より。

Treaty Ports Cancellations of Br. P.O. in China & Japan on Hong Kong Stamps (1862–1930)
本展示は、1862年から1930年にかけて中国および日本の条約港に設置された英国郵便局(British Post Offices)において使用された香港切手とその消印を体系的に示したものである。特に、上海・アモイ・長崎・横浜など、東アジア各地の英国領事館附属郵便局がどのように香港切手を使用し、郵便輸送を担ったかを実逓書状によって検証している。
1. 上海 (Shanghai)
上海は1842年の南京条約により開港された最初期の条約港であり、1844年に英国領事館附属郵便局(British Post Office)が設置された。香港切手を使用し、“SHANGHAE”消印(Webb Type 1)が採用された。
代表例として、1864年発アメリカ宛書状(Washington D.C.宛、24セント貼、黒インク“SHANGHAE”消印、補助印“B62”併用)を展示。これが現存する最古級の上海英国局使用例の一つとされる。
また、青色消印(Type 1b)も並行して使用され、P&O汽船による香港経由郵便の中継実例を示している。
2. アモイ (Amoy)
アモイ(現・厦門)は、上海に次いで外国貿易が許可された条約港であり、1844年に英国領事館と郵便出張所が設置された。
展示では、Type A “AMOY PAID” 消印(赤色)を持つ1865年9月10日アモイ発スペイン宛書状(ビルバオ着)を示す。このカバーはP&O汽船Ganges号により香港–スエズ–ジブラルタルを経由し、当時の最長距離郵送例の一つである。
ERD(初期使用例)は1864年9月19日、LRD(最終使用例)は1867年6月26日であり、“PAID”表示により前納便を示す特徴を持つ。
3. 抹消印(Obliterators)の比較
展示下段では、上海の “S1” Obliterator(楕円抹消印)とアモイの “A1” Obliterator を比較展示。これらは条約港間の通信に使用され、香港切手が複数港で並行的に用いられたことを示す重要資料である。
S1 Obliterator は1866〜1885年にかけて6種類(Type I〜VI)が存在し、青および黒インクで使用。Amoy A1 は同時期の使用例で、条約港相互郵便(Amoy–Shanghai 間など)に確認される。
4. 郵便史的背景と意義
19世紀中期、香港は極東郵便網の中核拠点として、条約港(Treaty Ports)に英国郵便局を展開した。これにより、香港発行切手が中国・日本各港で使用され、現地消印により差異が生じた。
条約港郵便局はP&Oラインなどの英国汽船網と接続し、アジア–ヨーロッパ間郵便を結ぶ中継機能を果たした。これにより、東アジアにおける国際郵便制度の整備が加速し、日本や清国郵政設立の基盤ともなった。
5. 展示対象の主要条約港
中国:上海、アモイ、寧波、福州、広州
日本:長崎、横浜、神戸
その他:漢口、天津、基隆、釜山 など
6. 出典
Charles Chan, “Treaty Ports Cancellations of Br. P.O. in China & Japan on Hong Kong Stamps 1862–1930,” PHILAKOREA 2025 展示資料(Frame No. 03204)より。


Special British Postal Cancellations in East Asia — Yokohama “Y1” & Swatow Oval Datestamp
本資料は、19世紀後半の東アジアにおける英国郵便局(British Post Offices)使用印のうち、特に希少な横浜 “Y1” 抹消印および汕頭(Swatow)楕円日付印の2事例を中心に、その歴史的背景と郵便史上の意義を示したものである。
1. 横浜 “Y1” 抹消印(Yokohama “Y1” Obliteration)
“Y1”は横浜英国郵便局において1868年から1876年頃まで使用された楕円抹消印で、青または黒インクで“YOKOHAMA”を示す楕円形印内に番号“1”が配置された形式。
特に“Thin Type”と呼ばれる細字タイプは1870年から1872年頃の短期間に使用され、高額面切手や特殊宛先への使用例は極めて稀少である。
代表的な実例として、1870年3月26日付、横浜発・マニラ宛書状が知られる。P&O汽船 “Ottawa” により横浜から香港を経由し、スペイン汽船 “Eleanor Wood” によりマニラ到着。青インクによる“Y1”消印、赤インク4d表示を有し、現存する唯一のマニラ宛Y1カバーである。
【Y1 抹消印 年表】
| 年 | 出来事 | 備考 |
| 1868 | 横浜英国郵便局において“Y1”抹消印導入 | 黒インク太字タイプ |
| 1870 | 青インク細字(Thin Type)登場 | 主に低額面切手に使用 |
| 1870.3.26 | 横浜→マニラ便実逓書状(唯一既知例) | P&O Ottawa 経由 |
| 1871 | 30セント朱色切手での使用確認 | 希少、使用期間3年 |
| 1872 | 18¢無透かしで使用例7通記録 | HKPS調査2001年 |
| 1876頃 | Y1印の使用終了、Y2印へ移行 | 青インク例が主 |
この“Y1”印は日本駐在英国郵便局の活動期を象徴する資料であり、横浜からアジア各地への郵便交流の拡大を物語る。
2. 汕頭(Swatow)楕円日付印
汕頭は1880年代において中国南部の通商港として発展し、英国郵便局が設置された。本展示に示される楕円印は、上部に“REGISTERED”の語を削除した特異な日付印であり、従来の香港・アモイ・上海局の登録印形式と類似する。
1883年9月10日、Douglas Lapraik & Co. 所有の英国汽船 “Namao” により汕頭を出港し、翌11日香港到着の郵便に押印された唯一の例として報告されている。
この印は、当時香港“B62”抹消印(Proud Type K25)が汕頭分局に貸与されたものであり、RPSL(王立郵趣協会)および『The Hongkong Telegraph』1883年9月12日号により裏付けられている。
【汕頭 郵便史 年表】
| 年 | 出来事 | 備考 |
| 1876 | 海南・瓊州局へ楕円登録印支給 | 形式的に類似 |
| 1883.9.10 | 汕頭より英国汽船Namao出港 | Lapraik & Co.所有船 |
| 1883.9.11 | 香港到着、汕頭楕円印+B62抹消印確認 | 唯一記録例 |
| 1884–1893 | B62大型印正式使用期間(Proud Type K25) | 汕頭貸与はこの1年前 |
| 2023 | HKPSニュースレターにて再発見報告 | Charles Chan論文掲載 |
この楕円印は、英国郵便局が条約港における郵便業務を地方分局へ委譲する過渡期に属し、香港・汕頭間の通信路を象徴する稀少な遺物である。
3. 郵便史的意義
横浜“Y1”および汕頭楕円印はいずれも、東アジアにおける英国郵便制度の拡張期に使用された局限定印であり、その短期間使用・転貸事例は19世紀のアジア郵便史を理解する上で不可欠な資料である。
両印の存在は、香港を中心としたP&Oライン郵便網が日本・中国沿岸に及んでいたことを示し、当時の国際郵便制度形成過程を明確に物語る。
展示のすべて写真ないのでこれでまとめ作成する。
B62およびY1消印にみる日本を中心とした東アジア郵便史 ― 英国郵便局・航路・料金体系の変遷(1860–1894)
1. 序章:香港G.P.O.と条約港制度の形成
19世紀中葉、香港は東アジアにおける英国郵便網の中核として、中国・日本・朝鮮の条約港に英国郵便局(British Post Office, B.P.O.)を設置した。これらの局では香港で発行された切手が使用され、消印によって局を区別した。特に“B62”は香港総郵便局本体を示す抹消印として広く用いられ、その派生系として日本・横浜の“Y1”などが存在した。
2. B62消印の歴史と特徴
B62は英国郵政庁により1860年代初頭に香港に割り当てられた楕円抹消印で、楕円バー内に“62”を配した形式である。黒インクを主体とし、香港本局・船内便・および一部条約港(Amoy, Swatow, Hankow等)にも貸与された。
Proud Type K25に分類され、使用期間は1860年代中期から1893年頃まで。1870年代後半以降は、郵便量の増加により同型の再彫印も出現した。
3. Y1抹消印(横浜英国局)の成立と特徴
“Y1”は横浜英国郵便局専用の楕円抹消印で、1868年から1876年頃まで使用された。インクは黒および青の2種類があり、青インクの細字型(Thin Type)は1870~1872年頃の短期間使用である。30¢朱色切手や18¢無透かしなど、高額面使用例は極めて稀少である。
代表的な例として、1870年3月26日付の横浜発マニラ宛書状が知られる。P&O汽船“Ottawa”で香港へ、さらにスペイン汽船“Eleanor Wood”でマニラに達した。赤インクで4d前納表示、青インクのY1消印、黒“T”印により到着地で12¢徴収された。このカバーは現存唯一のY1マニラ宛書状として知られる。
4. 日本を中心とした郵便輸送ルート
英国郵便局の郵便物は、P&O汽船(Peninsular & Oriental Steam Navigation Co.)による定期航路で輸送された。
主なルート:
– 横浜 → 香港 → スエズ → ロンドン(P&O線)
– 横浜 → 上海 → 香港 → ヨーロッパ(接続航路)
– 横浜 → マニラ(香港経由スペイン郵船線)
代表船舶:Ottawa, Peshawur, Rosetta, Ravenna, Victoria, Caledonien, Ganges, Australiaなど。
5. 郵便料金体系(1870年前後)
香港および横浜英国郵便局での主要料金:
– 封書(½oz)4d(約8¢)
– 葉書 3¢(1¢葉書+2¢加貼)
– 書留便 12¢~1s
1871年の日本郵便創設以前、国内郵便は未整備であり、国際郵便はすべて英国・香港局経由で処理された。
6. 主な実逓例(1864–1894)
① 1864年 上海発 米国宛(B62+SHANGHAE消印)
② 1870年 横浜発 マニラ宛(Y1青インク)
③ 1891年 香港発 ドイツ宛(B62 Type D6+Type D日付印)
④ 1894年 香港発 英国宛(Type D Index B・C)
7. Swatow楕円日付印とB62貸与事例
1883年9月10日、Douglas Lapraik & Co.所有の汽船“Namao”で汕頭を出港、翌11日香港到着の郵便物に、上部“REGISTERED”を削除した楕円日付印が押印された。この印は香港のB62大型印(Proud Type K25)が一時的に貸与されたもので、RPSLおよび『Hongkong Telegraph』(1883年9月12日号)がその事実を確認している。
このSwatow楕円印は現存唯一例であり、香港郵政が地方分局に抹消印を貸与した事例として注目される。
8. 年表(1860–1894)
| 年 | 出来事 | 備考 |
| 1860 | 香港G.P.O.にB62消印導入 | 英国郵政庁より供給 |
| 1864 | 上海英国局開設、B62派生型使用開始 | 条約港制度の拡大 |
| 1868 | 横浜英国局“Y1”印導入 | 黒インク太字型 |
| 1870 | 青インク細字Y1登場、マニラ宛書状差出 | 現存唯一例 |
| 1871 | 日本郵便制度発足 | 英国局併存期間開始 |
| 1883 | Swatow楕円印+B62貸与確認 | 香港より出張運用 |
| 1893 | B62大型印使用終期 | 香港局印体系改編 |
| 1894 | 香港Type D印の最晩使用 | 国際郵便体系の近代化 |
9. 郵便史的意義
B62とY1は、香港を中心とする英国郵便網が日本および東アジアに及んだ象徴である。これらの消印は、日本が自前の郵便制度を持たなかった時代における国際通信の痕跡であり、日本からヨーロッパ・アジア各地への郵便の過程を実証的に示す。
B62は香港を起点とした広域郵便統制の象徴であり、Y1はその周辺拠点としての横浜英国局の活動を示す。これらが残した封書・葉書は、近代日本郵便史の空白期を補う第一級史料である。
出典:Charles Chan “Cancellations on Hong Kong Queen Victoria Issues” (HKPS, 2001–2023)/PHILAKOREA 2025展示 Frame 03204・03206/The Hongkong Telegraph(1883年9月12日号)。
2025年入札対象カバーリスト(B62・Y1関連)
本リストは、2025年の入札・オークションにおいて入手を推奨するB62およびY1関連カバーをまとめたものである。研究・展示の主題である『日本を中心とした東アジア郵便史』を強化するため、局別・航路別・時期別に分類し、推定価格と参考出典を付した。
| 品目 | 局・地域 | 使用年代 | 消印タイプ | 研究・展示意義 | 推定価格 | 参考出典 |
| Y1青インク封書/葉書 | Yokohama 英国局 | 1870–1872 | 青インクThin Type | 主題中心(現存20通前後) | ¥100,000–200,000 | HKPS, Spink |
| 日本発B62欧州宛カバー | 香港経由欧州 | 1868–1872 | B62黒印+香港Type D | 展示導入・航路説明用 | ¥60,000–120,000 | Ava, Cavendish |
| Swatow B62併用カバー | Swatow 英国局 | 1883–1884 | B62大型印貸与 | 地方貸与例(極稀) | ¥150,000–250,000 | Spink, RPSL Ref. |
| 香港Type D消印封書 | 香港G.P.O. | 1891–1894 | Type D A〜F Index付 | B62対比展示用 | ¥15,000–30,000 | Delcampe |
| Amoy B62カバー | Amoy 英国局 | 1866–1872 | 赤AMOY PAID+B62 | 条約港比較展示 | ¥80,000–150,000 | Siegel |
| Y1黒インク封書 | Yokohama 英国局 | 1868–1870 | 黒インク太字 | 初期使用例 | ¥50,000–100,000 | Spink, Cavendish |
| B62+上海併用 | Shanghai 英国局 | 1864–1868 | B62+SHANGHAE消印 | 最古級例(アジア初期郵便) | ¥200,000以上 | Siegel, Feldman |
| 日本→香港→マニラルート | Yokohama→Manila | 1870 | Y1+スペイン線 | 唯一既知ルート(再現展示用) | ¥150,000前後 | Chan Coll. Ref. |
| B62葉書香港→欧州 | 香港G.P.O. | 1893–1894 | Type D+B62 | 普及例、研究補強用 | ¥10,000–20,000 | Delcampe |
注記
・推定価格は2024年末〜2025年前半の国際オークション(Spink, Siegel, Ava, Cavendish, Delcampe等)の落札傾向を基準とした概算。
・“主題中心”項は展示ストーリー上の軸となる品であり、特にY1青インクおよびB62初期使用例が最重要。
・Swatow, Amoyなどの地方局貸与印は研究資料としても希少価値が高い。

